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2016年12月

ミンキーモモ'91(トレス)

Cdromミンキーモモには1982年版と1991年版がある。これは1991年版、いわゆる海モモ。海モモは1982年版のモモとは全くの別人ではある(遠縁ではある)。放送が開始されると色々と違いが発覚して、旧モモファンからは失望の声があがった。例えば、「僕が海モモを見ない訳」 のような意見が大半。私は海モモ批判の先鋒として色んな所で攻撃した。外見、声、性格も問題があったが、それ以上に話に問題があった。もともと空モモも脚本を読んで入ったし、物語重視なのだ。海モモの一話でモモは大人に変身する……スチュワーデスはいい。その後、女ランボーに変身するのだ。モモは積極的に戦わない方針だったはず。それが一話から崩れていたのだ。最終話となるOVA「旅立ちの駅」では子供のモモが銃を撃つ。私はそんなところがモモと認めたくなかった。

尊敬する脚本家、首藤剛志のコラム。海モモは実験作なのだ。たびたび、そういう匂いがしていた。空モモは、いい意味で遊んでいた。が、海モモは……。

あと、海モモ作画の富永真理。「海モモは近くにいたら好きになれないタイプ」という言葉は正直だなとは思うが、キャラデザ・作画監督する人間が嫌々描いてるかと思うと見てる方も萎える。

あれから25年も経った。別に考えは変わらない。しかし、富永真理が人気アニメ「ヴァンガード」で今もなお頑張ってるのを見て不思議と嬉しくなった。海モモの名残のある柔らかな作画は健在だった。そうか、すごく立派になって。何故か、「ヴァンガード」を見ているうちに海モモの絵も(心安らかに)自然に見られるようになってきた。ちゃんと海モモを糧にして素晴らしいアニメーターになったなら、海モモも価値がある作品だったんだな、と思える。偉そう(笑)渡辺浩は絵を描かなくなったし、他の人達は……。それと凄い事に気がついてしまった。富永真理の誕生日は3月18日、(空モモ)ミンキーモモ1982年版の放送開始日じゃないかッ!?もう、好きより大好きミンキースマイル!


つーわけで、富永真理の描いたミンキーモモをトレースしてアニメ風にしました。これはヤング・コーポレーションから出ていたCD-ROMの表紙だったイラスト。二次創作って究極的にはトレースしかないと思うんだよね、近年。

何か放送当時と同じテンションをキープする俺はもう変なオジさんじゃ済まないっしょ。ごめんね!

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メリークリスマスとか魔法使いは言えないだろう普通

Photo言ってる場合じゃないですよ、諸君。皆が皆、キリシタンだと思ったら大間違いですよ。Happy Chanukah!くっそ、キリシタンは自分達の勢力拡大のために布教していたのか……。このままでは……!

でさ。魔法使い・魔女・魔法少女は「魔」が付いていることから分かるように悪魔の力を手に入れたデビルマンみたいな奴らなんだから神の御子キリスト様の誕生日とか祝っちゃいけないわけよ。悪魔の力で正しい事なんかは出来ないのに、世の中は間違ってる。

白桃の漫画って実は六本も描いてたのか。

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PICT画像をJPEG画像に無料で変換する方法

もともとマックの標準ファイルだったPICT画像(.pct)は時代の流れで捨てられた悲しい形式である。フォローしないのかよApple。で、こいつが厄介である。プレビューで開くけど、編集できないのだ。で、この画像。って、ほら。アップロードできないファイル形式だとさ。実は前から左右逆になってて気持ち悪かった。モモの髪飾りは左にないとダメだろ!!!これは「夢にかける橋」のサントラCDだったかな。

App Storeにあるアプリは10.11以降対応。うちは10.8なので無理。graphic converterという昔ながらのソフトも売ってるが高い。鏡像になってるのを直すだけなんだから一枚だけ。で、考えた。プレビューでJpegに書き出しは出来ない……が、PDFには変換できた。もう一回そのPDFを開いてJpegに書き出してやればいいのだった。そうすれば水平反転も可能になる。一手間かかるが、これでようやくPICTの呪いから解放されたのだった。クイックドローとかあったよな〜。023

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映画も小説も……芸術は無意味

小説を読まない人達に何故読まないのか尋ねると「時間の無駄だから」という意見が多いらしい。実際に俺も同じ答えを聞く。ハウツー本とかなら読むらしい。人生に何の足しにもならない小説は無駄なものだと。それなら映画もテレビも絵画も舞台も……芸術は存在意義はないって事になる。確かに何かに役立つものではない。感動しても明日からの仕事に関係ないというわけだ。言われてみれば、どんなに多くの小説を読んでも映画を見ても頭は良くなっていない。一つずつに対して研究して論文でも書けば別かもしれないが、ただ読んで見て「面白かった」では馬鹿は馬鹿なままだ。何故なら芸術とかエンターテインメントの役割というのは他人を楽しませるもの、癒すものだからだ。人を飛躍させるものではない。もちろん、人格形成に役立つものでもない。

無くても構わないもの、そういうものである。俺には絶対必要だが、だからといって偉いわけではない。好きなだけ。タバコや酒が好きなのと変わりないのだ。芸術が高尚というのも大いなる勘違いだろう。「何でも鑑定団」なるテレビ番組は今でも人気があるようだが、これなどは芸術を金に換算する事によって芸術が理解出来ない人達を喜ばす意図がある。全ては金が基準になる。金になる時、芸術は価値が出るのだ。例えば、馬鹿にしていたアニメ映画「君の名は。」が興行収入200億円も?とか聞いた途端に「素晴らしい!」と大勢の人達が集まってくる、そういう構図だ。

詳しい奴もウザいが、全く興味がなくて無意味と切り捨てる奴もウザい。他人を馬鹿にせず静かに一人楽しむ、これが正しい姿ではないだろうか。

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映画「エヴォリューション」EVOLUTIONを見る(ネタバレ

渋谷アップリンクで予告編を見て前売り買ったので見に行った。予備知識ゼロ。ネタバレあり。

2015年、フランス映画。ルシール・アザリロヴィック監督。「エコール」で有名になったらしいが、未見。

少年と女性しかいない、人里離れた島に母親と暮らす10歳の二コラ。その島ではすべての少年が奇妙な医療行為の対象となっている。「なにかがおかしい」と異変に気付き始めた二コラは、夜半に出かける母親の後をつける。そこで母親がほかの女性たちと海辺でする「ある行為」を目撃し、秘密を探ろうとしたのが悪夢の始まりだった。

いきなり素潜りしている少年が海底で死体を見つけるところから始まる。向こうの映画にありがちで細かい説明はないので、想像するしかない。映像美の追求というところがヨーロッパ映画っぽい。女達は吸盤あるから人間と海洋生物との混血——半魚人とか。タコかよ、っていうかクトゥルー?ダゴン?で、どこかで拉致された少年達は以前の記憶を消されて、この女達の仲間を生み出すために半魚人の卵を産みつけられる。途中で女達が帝王切開のビデオを見るのは少年達から育って来た半魚人を取り出すためのレクチャーらしい。薬は体内の卵を成長させるための半魚人用栄養剤っぽい。人間には合わず鼻血、吐血。看護婦ステラは主人公ニコラが気に入ってしまい島から逃がしてしまう。少年は大陸の街に到着するところで終わり。ニコラから生まれた半魚人の赤ん坊がキモい。「秘密を教えてあげる」って吸盤ついてるぐらいかよ。映像は素晴らしいけど、説明不十分だなぁとは思う。要するにタコ女が少年を誘拐して自分達の卵を産みつけてるっていう話でしょ?多分。吸盤はやめた方がよかった。クトゥルーを連想させるとラブクラフト信者かな?みたいに。やたら顔とか目のアップが多い。サスペンス・ホラーなのかな。派手さはないが、海も不気味な存在として映っていて「ソラリス」っぽいとか。物語はともかく映像センスはハイレベルで見応えがある。ニコラ少年も渋い顔で終始不安を表現していてナイス。女達は監督の希望としてはスキンヘッドが理想だったらしいが、女優さん達からの猛反対で断念したんだと。

何かホームページ見ると随分と推してるね。つか「ネクター」とかいう映画を併映していたらしい。知らんかった。

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