日記・コラム・つぶやき

自分から絶交した事はない #人間関係

いつも喧嘩しているように思われる俺だが、絶交に関しては自分からした事ない。一方的に絶交されたように思われるのは誤解。必ず相手から失礼な事をされたか言われている。そして、それに対して相手が反省していない時に絶交に至る。長い交友関係になると適当に言葉を交わす事もあるだろう。しかし、それが思わぬ関係崩壊に繋がったりする。悲しい話だ。思い返してみると自分が相手を大切に思っているからといって、相手が同じように大切に思ってくれているわけではないと気がつく。恋愛も友情も同じだね。相手の好きなものを理解しようとすると、それが悲劇を引き起こす。結局、何の接点もない人の方が長く続く。皮肉だね。

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右肩(腕)の鈍痛 #腱

Photo_2 地味に痛い。腱が切れていたら、もっと痛いのかもしれんが、それでも痛い。接骨院に行って電気と超音波の治療を受けて来たが、翌日もっと痛くなった。へたに何かしない方がいいのかもしれない。痛みがあると集中力は欠けるし、やる気が起きない。試しにミンキーモモを描いてみる。手や腕に力が入らないので細かい部分など厳しい。しかし、7月の時点で損傷して、しばらく普通にやってたのに徐々に気力体力が落ちてくるって寒さもあるのか悪化してるのか。イヤになる。

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自分が楽しければいいという自己欺瞞 #日記

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創作趣味では支持される人間と、見向きもされない人間に分かれる。見向きもされないとモチベーションは下がる。そして直に止めてしまう。才能がないから支持されないんだし、それは自然淘汰でもある。しかし必死になって続けて愚痴ったりすると「自分が楽しければいい」という事を考えたり言われたりする。自分で考える分にはいいけど他人から言われると馬鹿にされてるって感じもする慰めだ。まぁ、卑屈だよな。

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右肩(腕)の腱を損傷 #腱

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日記は久々か。ちょっと前に右肩(腕)の腱を損傷した。起きて欠伸と同時に腕を広げた瞬間にブチッと腱が損傷したんですな。やった瞬間に「やばぃ」と思ったけど、後の祭り。それから右腕が上がらなくなった。運動不足。痛みが長引いたので整形外科に行くと「骨に異常なし。肉離れ。五十肩」と診察された。しかし、数日後に寝ながらタオルを近くの椅子に置いたら「グキィッ」という凄まじい音がした。起きてみると、右腕が上に上がるようになった。骨が外れていたんじゃないかと不審に思って今度は接骨院へ。「脱臼でも亜脱臼でもない。脱臼だったら我慢出来ないほど痛い。何で腕が上がるようになったかは知らない。腱が損傷したんだ。腕は吊らない方がいいけど少し運動しろ」とか診察された。

こういうのはレントゲン写真には写らないので医者の診断も曖昧だ。ようやく痛みが和らいできたが、右肩には凄まじい違和感。変に動かしたり力を入れると急に激しい痛みも出る。痛くなくても両肩のだるさは半端じゃない。治るのに半年はかかるらしい。ちょっとした油断がこんな事に。参った……。しかし利き腕を骨折・脱臼なんてしたら生活はマジで詰むよ。想像しただけで恐ろしい。

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男性の性欲描写は女性蔑視なのか、むしろ男性蔑視では

朝鮮人女性が北海道新聞で「君の名は。」の感想を書いていて、ヒロインへの女性蔑視があると感じたそうです。この例に限らず、最近は男性が女性に性的な魅力を感じたりするとセクハラ・女性蔑視と糾弾される事が多くなりました。何でしょう。男性は女性を見下したり、差別するつもりで欲情しているわけではないし、魅力を感じるのは自然な事です。近年やたら女性の声が大きくなりました。それ自体は問題ないし、ある意味で喜ばしい事なのですが、男性を否定するような発言も大きくなりました。特に性的な事に関して女性は近年オープンになりすぎです。その一方でドラマ・アニメで男性(少年)の欲情が蔑視だと言うのです。それこそ、男性蔑視じゃないでしょうか。男性の正しい姿を否定しているような気がします。別に堂々とレイプシーンをやれ、と言っているわけではありません。しかし、「君の名は。」の少年のような思春期で女の子に大いに興味が持っている自然なシーンなどに対して「女性蔑視」というのは明らかな間違いだと思えます。 また、やたらセックス慣れ・異性慣れが常識になっていて恋愛の機微が無視される昨今の作品はいくら過剰な演出と演技を持ってしても安っぽく見えます。人間の感情は完全に善行と悪行に分けられません。性欲にもちゃんとした理由があり、それを表現する事は人間を表現する事です。少女漫画ではかっこいいイケメンは女慣れしていて童貞でもなく女の体に欲情せずにつっけんどんなのに純情な女の子を大切にしています。それは理想ですから気にしませんが、別な作品では性欲描写を認める必要はあるでしょう。ましてや、女性蔑視などとんでもない事です。 もちろん、いやらしい視線やら痴漢行為は不愉快だと思います。男性側も「誘っている」などと勘違いするのはいけません。とはいえ「存在している事」を「なかった事」にしてしまうのは表現手段としては不完全。そこのところは理解するべきですし、不快感から「蔑視」と決めつけるのは逆に「男性蔑視」だと言わざるを得ないのです。

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創作は時間の無駄だってばよw艦これも(笑)まぁ、やるけどさ

いやーそのとおり。ネトゲの次に人生の貴重な時間を吸い取られる極悪趣味「創作」というブログの書き込み。俺も似たよな書き込みしていたよな。多趣味の自分が陥っていて貴重な時間を吸い取られた俺がいい実例だよ。練習→実践→維持と何十年も費やした結果、大した評価もされず仲間も出来ず孤独な人生を送っているよ。漫画を描くなら最初の段階で、まず絵の勉強をしっかりやるべき。音楽やるなら最初の段階で、まず楽器と作曲の勉強はしっかりやるべき。そこを適当にして実践に進むと創作作品はゴミだけ(笑)。何十年も実践していても基礎ができてないからゴミを量産していく事になる。評価されないから自信をなくし性格が歪んでいくヨ。

まぁ、一生練習したくないから実践に入るわけだが。人間は勉強したくない怠けモノが多いからコミケ・ネットなんかにはゴミが溢れてる。一方で若いうちに(鉄は熱いうちに打て)技術をさっさと習得できた奴はプロ並みの作品を次々と生み出していく。こんな所にも「格差」が生じているわけ。どこまでいっても、どこの世界でも格差は消えないから。自分に才能がないと思ったら早めに諦めるか、早めに勉強するか、そうしないと貴重な人生の時間を吸い取られるよ〜俺みたいに(笑)

若い人が読むブログではないとは思うけど、ネトゲ(艦これ)とか単調で感動もないくせに戦慄するぐらい時間が必要だね。俺も提督レベル90直前だけど、レベリングとか寒気がするぐらい時間かかる。紹介させて頂いたブログでも書かれているけど、若い人達の時間が無駄に(笑)失われているのは他人事ながら気が気でない。俺みたいに、もう人生諦めて遊び半分に創作したり、艦これしてるならいいけど。10代の若い頃に勉強もしないで遊んでいるとしたら俺みたいなゴミ製造機になるね。

日本つーか世界の将来は暗いっす。まぁね、才能ある天才創作家達が頑張ればいいだけか。それを楽しませてもらうよ。

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映画も小説も……芸術は無意味

小説を読まない人達に何故読まないのか尋ねると「時間の無駄だから」という意見が多いらしい。実際に俺も同じ答えを聞く。ハウツー本とかなら読むらしい。人生に何の足しにもならない小説は無駄なものだと。それなら映画もテレビも絵画も舞台も……芸術は存在意義はないって事になる。確かに何かに役立つものではない。感動しても明日からの仕事に関係ないというわけだ。言われてみれば、どんなに多くの小説を読んでも映画を見ても頭は良くなっていない。一つずつに対して研究して論文でも書けば別かもしれないが、ただ読んで見て「面白かった」では馬鹿は馬鹿なままだ。何故なら芸術とかエンターテインメントの役割というのは他人を楽しませるもの、癒すものだからだ。人を飛躍させるものではない。もちろん、人格形成に役立つものでもない。

無くても構わないもの、そういうものである。俺には絶対必要だが、だからといって偉いわけではない。好きなだけ。タバコや酒が好きなのと変わりないのだ。芸術が高尚というのも大いなる勘違いだろう。「何でも鑑定団」なるテレビ番組は今でも人気があるようだが、これなどは芸術を金に換算する事によって芸術が理解出来ない人達を喜ばす意図がある。全ては金が基準になる。金になる時、芸術は価値が出るのだ。例えば、馬鹿にしていたアニメ映画「君の名は。」が興行収入200億円も?とか聞いた途端に「素晴らしい!」と大勢の人達が集まってくる、そういう構図だ。

詳しい奴もウザいが、全く興味がなくて無意味と切り捨てる奴もウザい。他人を馬鹿にせず静かに一人楽しむ、これが正しい姿ではないだろうか。

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人間関係は利害関係

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ココログは読みにくいな。老舗ニフティはブログ時代に突入しても努力を怠っていた。情けない。


誰でも人間関係には随分と悩まされてるだろう。特に会社・職場でのストレスは尋常じゃない。何のために仕事しているのか分からなくなるほど。退職して思い出すのは仕事の事じゃなくて人間関係での記憶ばかりだ。


だから個人的な付き合いは利害関係なしで〜とか思う。そりゃそうだ。しかし、恋人だって彼女は彼氏からのプレゼントを期待するし、彼氏は彼女の体を期待する。友達はどうか。
利害関係がないんだと思いたいが、そうでもない。友好な関係などは「相手が我慢して話を聞いてくれているうち」だけ。相手がこちらの話に口を出し始めると途端に関係は崩壊していく。結局、我慢代。友達の話が面白くてたまらない、なんて人は少ない。そもそも恋人と違って友人は選べない。「Aさんと友達になりたい」と思っても、なれなかったり。大体、なし崩し的に集まるようになるだけ。同じ趣味を持つ人間とは親しくなりやすいが、根本的な人間性を無視しているので、絶交になりやすい。そこに「手伝う」とか利害関係があれば、長続きする。

やってはいけないのは、友達の趣味に合わせようとすることだ。B君がやってるので話題を合わせようと自分も始めると話題は増えるかもしれないが、考え方の違いが際立ってくる。そもそも友達の趣味に合わせようとするのは、根本的には好きじゃない相手なので、なるべく個人的な話を避けようとする手段。


友達は会って話して遊んで楽しいだけの存在と思うのは間違い。そんな友達は滅多にいない。どちらかが我慢しているだけのこと。利害関係を作ってしまった方が余程、納得できる間柄になるだろう。

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ネットは集団を破壊、個人の時代への流れは止められない

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もはや新聞もニュースも本もネットも……不特定多数に向けた情報は一部の人達には完全に無価値になった。彼らは自分では何も調べないが、何も信用しない。ネット民はネットの情報でさえも捏造と言い張り、己の考えを書き込み伝播させていく。ネット民なんて存在しないから、彼らは当然ネットを離れた世界でも同じ事をしていく。短絡的に物事を捉え決めつける。一見、パソコンもテレビさえ見ないような人間でも、ネットに少し接触するだけで伝染していく様子は怖い。
「日本死ね」とかを代表するように匿名の発言がメディアによって増幅されて力を持つこともある。すっかり、2ちゃんねるで使われる汚い言葉遣いは定着し、どこまでも精神は墜ちて行く。政治家もまた幼稚だからだ。インターネットが出現して定着した今となっては、もはや国家や地方、組織といった集団は意味をなさなくなって来ている。「○○が不足している」とか「○○に手厚い保護を」とか声高々に訴えても、個々人で格差が広がりすぎて同じサービスの必要性が感じられない。こうなってくると一人ひとり、どんな暮らしをしているのか精査して、それに合わせた細かいサービスが必要になってくると感じる。ただ、そうするとモンスタークレーマーだけが得をする社会になりかねない。更に全てを否定することにしか喜びを感じないネット民が大騒ぎするのも目に見えている。萎縮した社会はネットが作り出した。彼らは個人にも拘らず集団になると手強い。これからの課題としては、ネット民を一人ずつ分断していくこと。イタズラに権利を持たせない。それには、メディアが安易にネット民の書き込みを取り上げないことだ。最近ではYouTubeとかで話題とか言ってテレビで流すことも多いが、そういったことも含めて止めさせたい。政治家もネットで安直に意見を拾って来ないで実態調査をしてから発言するようにしてほしいものだ。
生活は多様化してきた。考え方も多様化してきた。一律同じサービスなどは時代遅れである。公平を目指したところで、格差は広がっていく。誰もが不満のない世の中も有り得ない。それでも一人ずつ生活状況を把握した上でサービス提供していくべきだろう。

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色々とネットでの対人に慣れるため、登録してみました。

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